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最高裁判所第一小法廷 平成元年(あ)63号 決定

本籍・住居

愛知県海部郡佐織町大字勝幡字塩畑二五二〇番地

会社員

伊藤清隆

大正一五年六月六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六三年一二月一五日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人瀧川治男の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ッ谷巖)

平成元年(あ)第六三号

被告人 伊藤清隆

右の者に対する所得税法違反被告事件について、弁護人の上告の趣意は、左記のとおりである。

平成元年三月六日

弁護人 瀧川治男

最高裁判所 第一小法廷 御中

上告趣意

第一点、原判決は、刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一、被告人の経歴、家庭の状況

被告人は、昭和一七年、佐織尋常小学校卒業後、終戦まで、軍事工場に勤務していたが、終戦後、兄井戸田弥一郎が経営していた手袋製造業を手伝った。昭和二三年九月妻美代子と結婚し、「丸越」の屋号で、自ら手袋製造業を経営し、昭和三二年より手袋製造業を廃業し、靴下を製造し、昭和三八年ころ、靴下製造業をやめ、佐々木スポーツの下請を始め、スポーツウェアのメリヤス縫製を行ない、昭和五四年ころから、佐々木スポーツの下請を止め、独自に、中学、高校指定のスポーツウェアの製造販売業を経営するようになった。本件当時、家族を含めて、従業員は三五名であった。家族は、妻伊藤美代子、長男伊藤本章、長男の妻伊藤真知子、孫二人の六人暮らしである。

(被告人の第一審公判廷における供述)

二、被告人の事業

被告人は、愛知県海部郡佐織町大字佐折字東川九五番地の工場において、「丸越」の屋号で、メリヤス製品の製造卸売業を経営し、学校指定のスポーツウェア等を専門に製造し、製品は、各学校指定の体育衣料品の納入業者へ卸売していた。

仕入れ先としては、生地は、高坂メリヤス、新興産業株式会社より仕入れ、これに、その他の付属品を仕入れ工場で加工し、スポーツウェアとして、ノノヤマ洋服株式会社(名古屋市)、株式会社クリヤ(岡山市)、株式会社ベストワン(京都市)、森敬株式会社(名古屋市)が主な得意先で、これを得意先へ卸売していた。

そして、妻伊藤美代子に経理事務を、長男伊藤本章に営業・外交を、長男の妻伊藤真知子に出荷受注事務を分担させ、家族を含めて、従業員三五名で運営してきた。

そして、被告人は、「丸越」の事業主として、資金繰り、従業員の採用、賃金の決定、預金等資産一切の管理運用など、事業経理のすべてに責任を持ち、事業全般を統括していた。(検乙一〇号証)

四、本件の動機及び経緯

被告人は、「丸越」の受取手形が、最盛期には、総額四、〇〇〇万円にも達するので、取引先が不渡を出せば銀行に対し、自己の信用もなくなるので、取引先が不渡りの危険が生じた場合、いつでも取引先に現金を持ち込み、不渡りを防止しようと考え、自己の企業防衛のため、裏金として最低四、〇〇〇万円の現金を蓄える必要があると考えた。そのため、所得税の確定申告に際し、売上の一部を除外する方法により所得税を一部免れ、裏金を蓄積しようとしたものである。

すなわち、個人企業とはいえ、三五名の従業員を擁する社会的存在である「丸越」の企業防衛のためなしたもので、被告人の自己の遊楽費を捻出しようとしたものではない。

また、脱税の方法は、一定の範囲の得意先の売上を除外したもので、単純なものである。

(被告人の第一審公判廷における供述)

五、本件のほ脱所得額について

ほ脱所得額は、

昭和五九年分 金四〇、五九七、六三六円

昭和六〇年分 金四四、四〇三、二八一円

昭和六一年分 金三九、六一四、六七六円

となっているが、被告人は、昭和六一年一一月五日、青色申告を遡及して取消され、青色申告の特典である青色事業専従者給与と青色申告控除額が損金と認められなくなったため、ほ脱所得がその分増大したものである。

すなわち、妻美代子、長男の本章、長男の妻真知子の三人に、支出された

昭和五九年分 金一二、六八〇、〇〇〇円

昭和六〇年分 金一三、八七五、〇〇〇円

昭和六一年分 金一五、三〇五、〇〇〇円

の青色事業専従者給与及び各年度とも金一〇〇、〇〇〇円の青色申告控除額合計金三〇〇、〇〇〇円宛が含まれており、実質的なほ脱所得は、右合計金四一、八六〇、〇〇〇円を控除したものであり、

昭和五九年分 金二七、六一七、六三六円

昭和六〇年分 金三〇、二二八、二八一円

昭和六一年分 金二四、〇〇九、六七六円

合計金八一、八五五、六三三円となる。

(検甲第一六号証ないし同第二一号証、被告人の第一審公判廷における供述)

六、ほ脱所得の使途

1、被告人は、厳しい業界の競争の前に、事業の競争力を高めるため、工業用ミシン

西ドイツ製のポケット付用ミシン 金九、五〇〇、〇〇〇円

ブラザー製ネーム付け二台 金二、四〇〇、〇〇〇円

ヤマト製腰ゴム用一台 金一、三〇五、〇〇〇円

立ち作業用ミシン(高場ミシン改造)二台 金二、〇〇〇、〇〇〇円

オーバーロックミシン五台~六台 金三、三三〇、〇六〇円

合計 金一八、四三五、〇六〇円

を購入し、設備投資に使用した。

2、取引先の倒産に備えるための事業防衛資金用として金五、一六七万円を預金で準備していた。

右のように、ほ脱所得は殆ど事業用に充てられていた。

その他、一部家庭用に支出しているが、自己の遊興費に費消したものは、一銭もない。

(検乙第一一号証、被告人の第一審公判廷における供述)

七、本件発覚後の被告人の捜査に対する協力

1、被告人は、昭和六二年五月一九日、名古屋国税局の査察を受けるや、本件のほ脱所得をすべて認め、国税局の査察に全面的に協力した。

八、本件ほ脱所得に対する所得税、延滞税、重加算税は、すべて完納し、国の租税徴収権は、完全に回収された。

1、昭和六二年一〇月六日、国税局の査察の結果に基づき、

昭和五九年分所得税修正申告分 金二三、八一一、三〇〇円

昭和六〇年分所得税修正申告分 金二六、一八四、六〇〇円

昭和六一年分所得税修正申告分 金二二、四〇五、一一一円

合計 金七二、四〇一、〇一一円

の本税を納入した。

また、それぞれの年度の所得税修正申告書は、昭和六二年一一月一六日、所轄の津島税務署長に宛提出した。

(検甲第四号証ないし同四七号証)

2、延滞税は

昭和五九年分 金三、七六六、五〇〇円

昭和六〇年分 金二、七一四、四〇〇円

昭和六一年分 金九二七、三〇〇円

合計 金七、四〇八、二〇〇円

であり、

重加算税は、

昭和五九年分 金五、三一〇、〇〇〇円

昭和六〇年分 金五、八一四、〇〇〇円

昭和六一年分 金四、五五七、〇〇〇円

合計 金一五、六八一、〇〇〇円

であり、被告人に対し、相当厳しい経済的制裁となった。

(検甲第四八号証)

3、右のうち、金一、二七一、一〇〇円については、昭和六一年度源泉所得税国税還付金三、八五四、一〇〇円のうち、金一、二七一、一〇〇円を充当されている。(弁第一号証国税還付金充当通知書)

残余の昭和五九年、六〇年、六一年延滞税合計金七、四〇八、二〇〇円と昭和五九年、六〇年、六一年重加算税一四、四〇九、九〇〇円合計二一、八一八、一〇〇円については、名古屋国税局徴収部係官と接渉のうえ、昭和六三年七月七日、昭和五七年分金八一一、一〇〇円、五八年分金一、六六七、一〇〇円、延滞税合計二、四七八、二〇〇円と合わせて合計金二四、二九六、三〇〇円として、約束手形金額二〇、〇〇〇、〇〇〇円と金額四、二九六、三〇〇円、支払期日昭和六四年一月二〇日、支払地海部郡佐織町、支払場所株式会社大垣共立銀行佐織支店、振出人被告人の約束手形二通を振出し、名古屋国税局歳入歳出外現金出納官吏大蔵事務官堀澤治殿に納付の委託をし、納付の委託を受理された。(弁第二、第三号証徴収の引渡通知書、弁第四号証納付(弁済)受託証書)

4、平成元年一月二〇日、右約束手形は、いずれも決済され、完済され、本件による国庫被害は全て回復された。(末尾添付の弁護士第五、第六号証納付書・領収証書)

九、被告人は、経済的にも、社会的にも、酷しい制裁を受けている。

右のように被告人には延滞税のみならず、高率の重加算税が課せられ、自ら招じたこととはいえ、相当過酷な経済的制裁を受けているし、また、本件査察により、既に営業的にも社会的にも相当の打撃を蒙り、社会的制裁を受けている。

(被告人の第一審公判廷における供述)

一〇、被告人には、再犯のおそれはない。

被告人は、本件発覚後、責任を感じ、自己の個人経営の「丸越」の経営から引退し、長男に引き継ぐことを決意し、長男の伊藤本章をして、昭和六二年六月三日、有限会社丸越を設立させ、同人がその代表取締役に就任した。被告人には、今後は、再犯の虞れは全くない。

(検乙第一一号証、被告人の第一審公判廷における供述)

一一、被告人自身、本件を身にしみて反省し、後悔している。

被告人には、前科、前歴はなく、家庭にあっては、妻子思いであり、また、仕事場にあっては、従業員思いの事業中心の仕事ぶりであり、従業員はもとより、取引先からも人柄から信頼されており、地元では、消防団の役員として地域住民からも親われてきた。

(証人伊藤美代子および被告人の第一審公判廷における供述)

一二、本件は、田舎のメリヤス製造者が急速に成長したため、その事業防衛に急な余り、犯すに至ったものである。

今後は、被告人は、個人事業を有限会社にし、長男にその経営を委ねたし、また、被告人の妻も今後一二分に注意し、監督する旨、誓約している。

(証人伊藤美代子および被告人の第一審公判廷における供述)

一三、以上のような、被告人の経歴、本件の動機、本件後の状況、本件発覚後の捜査協力、本件の被害回復されたこと、本件により、既に経済的にも社会的にも相当制裁を受けていること、被告人は、前科前歴はなく、本件を深く反省し、後悔し、再犯の虞のないこと等諸般の事情を考慮すると、被告人を懲役一年二月、執行猶予三年、罰金二、一〇〇万円に処する旨の第一審判決を維持し、控訴を棄却した原判決の量刑は荷酷に過ぎ著しく不当であり、原判決、および第一審判決は、破棄されるべきであり、そして、罰金刑を軽減賜わりたい。

弁護士第5号証

〈省略〉

弁護士第6号証

〈省略〉

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